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東京地方裁判所 昭和51年(特わ)3597号 判決

被告人

(一)

本店所在地 東京都中央区日本橋二丁目二番三号

豊商事株式会社

(右代表者代表取締役中村秀男)

(二)

本籍 東京都江東区東陽三丁目一五番地

住居

東京都江東区東陽三丁目一一番一号

職業

会社役員

中村秀男

大正一〇年三月一九日生

右両名に対する法人税法違反各被告事件について、当裁判所は検察官寺尾淳出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告会社豊商事株式会社を罰金六百万円に、被告人中村秀男を懲役六月にそれぞれ処する。

ただし、被告人中村秀男に対し、この裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は、東京都中央区日本橋二丁目二番三号に本店を置き、大衆酒場の経営などを営業目的とする資本金二五〇万円の株式会社であり、被告人中村秀男は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人中村秀男は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外して簿外預金を蓄積するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四七年一二月一日から同四八年一一月三〇日までの事業年度における、被告会社の実際所得金額が五一、五九三、三〇一円(別紙(一)修正損益計算書参照)あつたにもかかわらず、同四九年一月三〇日、東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二五、三三四、九九六円で、これに対する法人税額が八、七六九、三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一八、四一九、四〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)と右申告税額との差額九、六五〇、一〇〇円を免れ

第二  昭和四八年一二月一日から同四九年一一月三〇日までの事業年度における、被告会社の実際所得金額が六五、七四八、七九〇円(別紙(二)修正損益計算書参照)あつたにもかかわらず、同五〇年一月三〇日、前記所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三四、九二五、四〇一円で、これに対する法人税額が一三、〇二二、七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二五、三五一、九〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)と右申告税額との差額一二、三二九、二〇〇円を免れ

第三  昭和四九年一二月一日から同五〇年一一月三〇日までの事業年度における、被告会社の実際所得金額が六九、七八二、四五一円(別紙(三)修正損益計算書参照)あつたにもかかわらず、同五一年一月三〇日、前記所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が三六、一九四、四六〇円で、これに対する法人税額が一三、〇〇五、七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二六、四四〇、九〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)と右申告税額との差額一三、四三五、二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示冒頭の事実および全般にわたり

一、被告会社の登記簿謄本

一、被告人中村秀男の当公判廷における供述

一、同じく検察官に対する供述書二通

一、同じく収税官吏に対する質問てん末書六通

一、倉持しづかの検察官に対する供述調書

一、同じく収税官吏に対する質問てん末書四通

判示事実添付の別紙(一)、(二)、(三)修正損益計算書に掲げる科目別当期増減金額欄記載の数額について

<売上高につき>

一、収税官吏菊地武寿作成の昭和五一年一〇月二二日付売上調査表

<仕入高につき>

一、同じく昭和五一年一〇月二三日付(株)布屋本店簿外仕入調査表

一、同じく右同日付(株)細谷商店簿外仕入調査表

一、同じく昭和五一年一〇月二六日付魚市場簿外仕入調査表

一、上野喜章の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、西村由蔵の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、細谷敏一の大蔵事務官に対する質問てん末書

<給料手当につき>

一、収税官吏菊地武寿作成の昭和五一年一〇月二六日付簿外給料手当調査書

一、石神秀男の大蔵事務官に対する質問てん末書

一、小林きちの大蔵事務官に対する質問てん末書

一、二ノ宮光雄の大蔵事務官に対する質問てん末書

<福利厚生費、交際接待費、消耗品費につき>

一、収税官吏菊地武寿の昭和五一年一〇月二六日付簿外経費調査書

<租税公課につき>

一、同じく昭和五一年一〇月二一日付預金利息調査書

<雑費につき>

一、岩木与吉作成の昭和五一年一〇月一日付証明書

一、荻野允之作成の昭和五一年一〇月二日付証明書

<受取利息につき>

一、収税官吏菊地武寿作成の昭和五一年一〇月二一日付預金利息調査書

一、同じく昭和五一年一〇月二一日付簿外預金残高及び利息明細表

<事業税につき>

一、同じく昭和五一年一〇月二六日付未納事業税調査書

一、法人税確定申告書昭和四七年一一月期分(昭和五二年押第六〇四号の符五号)

別紙(一)、(二)、(三)修正損益計算書に掲げた公表金額及び過少申告の事実について

一、法人税確定申告書昭和四八年一一月期分(昭和五一年押第六〇四号の符一号)

一、同じく昭和四九年一一月期分(前同押号の符二号)

一、同じく昭和五〇年一一月期分(前同押号の符三号)

(昭和四八年一一月期損金計上役員賞与勘定についての当裁判所の判断)

検察官は、当期に被告会社の前代表取締役秋山勝代に支給した賞与計四六六、六〇〇円は、使用人兼務役員に対する賞与に該当しないので否認しほ脱所得を構成する旨主張するところ、被告人中村秀男は、当公廷における被告人質問に際し、右秋山は既に被告会社の役員の地位になかつたが、その後においても、相談役という名目で会社に貢献して貰つているため報酬並びに賞与を支給していたもので、役員ではない以上役員賞与として支給することはできないと考え公表帳簿に使用人賞与として計上したものであるが、その後の税務調査に際し、係官から同女が税法上の「みなし役員」になる旨指摘され損金計上を否認されたので修正申告書を提出したものであつて、それまでは損金になると思つていた旨申し立て、右役員賞与分につきほ脱の犯意を否認しているので、この点につき判断する。

およそ役員賞与は、性質上いわゆる損金性がないから、役員賞与であることを知りながら損金に計上したとすれば、特段の事情のない限り、その行為は、法人税のほ脱の意図のもとに行なわれたものと推認するを相当とする。

しかしながら、本件においては、押収してある被告会社の昭和四八年一一月期事業年度の修正確定申告書(当庁昭和五二年押第六〇四号符四号)、被告会社登記簿謄本、検察事務官行田武司作成の捜査報告書、証人田島秋雄税理士の当公判廷における供述、ならびに被告人の昭和五一年一二月一六日付検察官に対する供述調書第四項、被告人の当公判廷における供述を総合すると、秋山勝代は昭和四三年に被告人に被告会社の経営を譲渡し商法上は被告会社の役員ではなくなつたこと、被告人は右秋山から経営を譲受けるに際し、同女を相談役として報酬を支払う旨の覚書を取交し、それ以来、他の一般の使用人と同時期に一定率で使用人として報酬及び賞与を支給し公表帳簿に計上して源泉徴収も行なつていたこと、秋山は被告人に経営を譲渡してからは被告会社の経営に従事していなかつたが、被告人の求めに応じ被告人の経営の相談相手となる等して会社に貢献していたこと、その後の税務調査により係官から秋山が税法上役員とみなされるため利益処分として処理すべきである旨指摘され修正確定申告をし、爾後、利益処分として処理していたことの各事実を認めることができる。

右の事実からすれば、秋山に対する賞与は、名目は別として実質は一定の労務に対する報酬として、真実同女の労務に対する給与と考えて被告会社からこれを支出し損金に計上したものと認められるのでほ脱の犯意を欠くものと認めざるをえない。

ところで、租税ほ脱犯は故意犯であるから、犯罪の成立には、脱税の認識-故意-を必要とするところ、右ほ脱犯の故意については、ほ脱金額が正確にいくらであるか、あるいはほ脱金額の計算のもととなる所得税について、どの程度所得を圧縮したかについての具体的な金額の正確な認識を必要としないが、しかし、他方、故意に基づく所得の隠蔽工作とはかかわりなく、故意によらず、あるいは思い違いによる損金の計算違いによつて、客観的に負担する税額と申告税額との間に齟齬を生じ、客観的には脱税の結果を生じても、それは偽り、不正の行為と結びつかないからほ脱犯とはならないと解すべきである。

従つて、隠蔽工作とは明らかに無関係に生じた計算誤謬や思い違いによる収入の記載漏れ等によつて生じた、税の過少申告の部分は、偽り、不正の行為によるほ脱の故意の対象外といえるから、この部分についてはほ脱所得を構成しないといわねばならない。

たとえ、税務官庁により否認されて利益処分による賞与と認定されても、また、納税義務を怠つたからといつても、そのことによつて直ちにほ脱犯が成立するものでもない。

また、所得金額をことさらに過少に記載した内容虚偽の確定申告書を所轄税務署長に提出する過少申告行為自体は、「偽りその他不正の行為」にあたることは勿論ではあるが、しかしながら、それは、飽く迄も真実の所得を隠蔽し、それが課税対象となることを回避するためになされる場合をいうのであつて、そうであるからこそ、所得の隠蔽工作と外形上一見して明らかに無関係とみられるような勘定科目については、それが損金性を結果的に誤つたとしても、それは法人税のほ脱の意図のもとに行なわれたものとは推認されないから、結果として過少申告であるとしても、ほ脱の故意を欠くといわなければならない。

ほ脱犯におけるほ脱の犯意につき、具体的に各勘定科目ごとの個別的な犯意である必要はないと解されるのは、それが免れた全税額につき一応脱税の犯意が推認されるからなのである。

これを本件についてみるに、倉持しずかの大蔵事務官に対する質問てん末書、同検察官に対する供述調書、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書、同検察官に対する供述調書、及び当公判廷における供述によれば、本件隠蔽工作は、要するに、売上の一部を除外するとともに、脱税の発覚を防ぐために、それに見合う仕入れをも除外したものである。

しかも、本件賞与の支給は、時期的にみても、右隠蔽工作の計画より以前の、被告人が被告会社の経営を譲受けた昭和四三年以来長年にわたり一貫して支給していたものである。

そのうえ、右賞与の支給は公表帳簿に計上し、何ら賞与の支給を秘匿していたものでもないし、また、役員賞与として名目上も支給していたものを損金計上していたものでもなく、ただ、税法上は役員とみなされる事実の認識を欠いていたに過ぎない。

これらの事実に、前掲認定事実を併せ考えれば、本件いわゆる役員賞与の損金計上の点は、故意に基づく所得の隠蔽工作とは明らかに無関係に生じたものであるから脱税の犯意は推認されないし、役員に対する賞与であるとの認識を以て支給したものではないから、故意を阻却し、従つて、その部分は行為者の認識した正当な所得金額(実際所得金額)には含まれないといわねばならない。

故に、当該税の過少申告の部分は、偽り不正の行為によるほ脱の故意の対象外であると認め、右に該当する税額部分の金額は本件ほ脱額から控除することとする。

(法令の適用)

被告会社につき、いずれも法人税法一五九条、一六四条一項、刑法四五条前段、四八条二項。

被告人につき、いずれも法人税法一五九条(いずれも懲役刑選択)、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第三の罪の刑に加重)、二五条一項。

(量刑の理由)

被告人は、被告会社の業務の向上にしたがい、事業の拡張による資金づくりのために本件犯行に及んだものであるが、本件犯行の手口は計画的であつて、犯情必ずしも軽くなく、しかもほ脱額も少なくない。しかしながら、本件を同種、ほ脱犯と対比してみるに、同種事犯は、概ね申告額の数倍のほ脱額が発覚して刑事処分相当として起訴されることが多いのに反し、本件は、ほ脱事業年度いずれも、申告額はほ脱額の五〇パーセント前後であることは、量刑にあたつて考慮すべき情状である。加えて、被告人が被告会社の経営を譲受けるに至つた経緯が、少なくとも本件犯行の動機の一因をなしていること、被告会社も行政上の措置たる重加算税をも含めて納税をすませ、国の租税徴収権も一応修複されていること、被告人も充分改悛の情が顕著であり、今後再犯の虞れも認め難いこと等の諸般の事情を考慮すると、主文のとおりの量刑を相当とする次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 松澤智)

別紙(一)

修正損益計算書

豊商事株式会社

自昭和47年12月1日

至昭和48年11月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

豊商事株式会社

自昭和48年12月1日

至昭和49年11月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(三)

修正損益計算書

豊商事株式会社

自昭和49年12月1日

至昭和50年11月30日

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

別紙(四)

税額計算書

1. 昭和48年11月期

〈省略〉

2. 昭和49年11月期

〈省略〉

3. 昭和50年11月期

〈省略〉

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